2007.09.02 Sun
首里城

首里城(しゅりじょう、スイグスク)は、沖縄県那覇市首里にあり、かつて海外貿易の拠点であった那覇港を見下ろす丘陵地にあった城。
琉球王朝の王城で、沖縄県内最大規模の城(グスク)であった。戦前は正殿などが国宝であったが、1945年の沖縄戦と戦後の琉球大学建設により完全に破壊され、わずかに城壁や建物の基礎などの一部が残っている。1980年代前半の琉球大学の西原町への移転にともない、本格的な復元は1980年代末から行われ、1992年に、正殿などが旧来の遺構を埋め戻す形で復元された。
首里城の創建年代は明らかではない。近年の発掘調査から最古の遺構は14世紀末のものと推定され、三山時代には中山の城として用いられていたことが確認されている。おそらく、13世紀末から14世紀のグスク造営期に他の沖縄の多くの城同様に成立したものと考えられる。(Wikipediaより抜粋)
公式HPはこちら

守礼門
この近くに、猫ちゃんが2匹いた。

那覇市内が見えます。いい眺めですぅ。
小高い山の上に、城壁に守られて今も厳かに佇んでいる世界遺産。首里城。
ここに王様が住んでいたんだなぁ。
一体、どんな暮らしだったのでさう。
琉球王国って『日本』とは別ですよね。全く別の国。
ちなみに何故 琉球王国が日本に属したのかというと、
明治維新の流れで、薩摩藩の侵略と廃藩置県(琉球処分)によって首里城が墜とされたからです。明治政府が派遣した大軍勢になす術もなく、1879年(明治12年)廃藩置県を宣言、約500年にもわたる琉球王国は終焉を迎えたのでした。
本当、無理矢理侵略したという印象しか持てませんよね。
『新時代の幕開け』という小綺麗な建前の裏に、どれ程の惨劇があったのかは想像を絶する気がします。
歴史をたどっていくと、どっちが悪者でどっちが善い者がわからなくなる。
そしてその約60年後、太平洋戦争の沖縄戦で首里城は焼失します。
過去3度火災に遭っているので、4度目の焼失になります。
木や花や虫、建造物、国宝なども一緒に失われ、
残ったお宝は殆ど米軍に横取りされるという悲劇…。
戦争って本当に全てを壊していくんだなぁ・゚・(ノД`)
暗くて悲しい過去を背負った首里城。
そんな惨劇が二度と起こらぬよう、広い空の下 穏やかに沖縄の平和を守っているようでした。
| おでかけ | 13:53 | comments:4 | trackbacks:1 | TOP↑

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にゃるほろ〜
じゃまだ復元されて」15年!ぴっかぴかじゃね〜♪
どうりでいやに綺麗だなと思った…
昔(いつ?)オイラが行った時にゃ、無かったのか(爆)
| めんそーれライス | 2007/09/02 15:19 | URL | ≫ EDIT