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金刀比羅宮 書院の美

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会期: 2007年7月7日(土)-9月9日(日)
月曜休館(ただし7月16日、8月27日は開館、7月17日(火)、8月25日(土)は閉館)
午前10時~午後5時(入館は閉館の30分前まで)
会場: 東京藝術大学大学美術館
公式サイト


香川県にある「こんぴらさん」の愛称で親しまれている金刀比羅宮は、円山応挙や伊藤若冲らの障壁画など、貴重な文化財を数多く保有する「日本美術の宝庫」です。
それらの大部分を日本国内のみならずフランスまで移動し巡回展示する画期的な展覧会だそうです。

金毘羅宮。
名前だけは知っておりましたが、こんなに豪華絢爛な屏風や襖画で彩られているとは。驚きました。職人達の技が冴え渡り、厳かで、それでいてほっと出来るような日本の心。
現代じゃ到底 かなわないであろう、趣向を凝らした空間演出!

やはり日本の美術が世界一じゃー!と激しく思いました
てか、現代の日本も 欧米化だなんて血迷った事はしないで、このような日本独自の空間演出を護り通してこれれば、間違い無くもっと世界に誇れる国になったのにー!と思えてならない。

だって、日本人の絵の巧さは世界一 ナンダゼ! 

どの作品も本当に壮麗で美しかった~。
ぜひ次は本物の金毘羅宮で応挙と若沖を拝みたいです。

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遊虎図(水呑みの虎)  1787年
円山応挙 まるやま・おうきょ(1733-1795)
江戸時代の京都画壇を代表する画家。師の手本を見ながら描く伝統的な手法に対し、実物を目の前にして観察しながら描く写生の重要性を唱え、円山派をなした。平明で庶民的な応挙画は、京都の町民層を中心に圧倒的な支持を得、京都の画壇は応挙の画風に染まったと言われる。50代の時に取り組み始めた金刀比羅宮障壁画の制作は、天明7年(1787)と寛政6年(1794)の2度に及んでいる。


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花丸図 1764年
伊藤若冲 いとう・じゃくちゅう (1716-1800)
徹底した自然観察に基づく写実的な描写と豊かな想像力による奇抜な構図や配色の表現を融合した若冲はユニークな画風を確立した。「奇想の画家」として近年特に再評価が進んでいる。裕福な青物問屋の長男として生まれ家督を継ぐが、40歳で引退し画業に専念した。明和元年(1764)制作の金刀比羅宮の《花丸図》では、空間を花卉図で埋め尽くし、見るものに迫る圧倒的な空間を作り出している。
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